京都・花脊の山々に囲まれた居心地の良いゲストハウス兼レストラン「花脊・ハイランド・イン」を営んでいるサイモンさんと慶子さん。二人の旅路は、国境を越えた恋物語、料理への愛、そして日本の田舎暮らしへの感謝が織りなす物語です。山の古民家を修復し、温かいコミュニティに溶け込みながら、自然の営みとともに穏やかなペースで暮らす彼らの経験を覗いてみましょう。
大陸を越えた偶然の出会い

京都へ移り住む前、スコットランド出身のサイモンさんは、シェフとして修行を積んでいました。 ロンドンで働いた後、オーストラリアのシドニーへ移り、最終的にはブルーマウンテンズでエグゼクティブシェフになりました。しかし、彼にとって日本との最初の出会いは、それより何年も前、ロンドンのホテルで働いていた頃にさかのぼります。 ある日、滞在中の日本人サラリーマンに、 伝統的な日本の朝食を用意するよう頼まれました。
「あれは大失敗でした」とサイモンさんは笑いながら振り返ります。「味噌汁や焼き魚、漬物を作って出しましたが、彼らが求めていたものとは全然違いました。」この苦い経験をきっかけに、彼はホテルの日本料理レストランの日本人シェフたちと親しくなり、それ以来、日本文化に目を向けるようになりました。それから毎年日本を訪れるようになり、旅を重ねるごとに日本への理解を深めていきました。
一方、その頃慶子さんは、幼い二人の息子を一人で育てながら、子どもたちにとってより良い教育の選択肢を探していました。ある日、彼女はスコットランドの学校に関する記事に目を留め、それがきっかけでその学校の校長先生と文通を始めました。やがて校長先生からの誘いで子供達とスコットランドの学校に行く事になりました。
子供達の先生がサイモンさんの両親であったこと、そして家が隣同士だったことが理由でサイモンさんの両親と慶子さん達は、親しく家族のように生活してました。
ある時、オーストラリアから一時帰国したサイモンさんの為に、彼の両親が主催したパーティーで二人は知り合い、すぐに意気投合し、のちにサイモンさんはロンドンの赤い電話ボックスから慶子さんにプロポーズをしました。二人はオーストラリアに戻り、レストランを共同経営し、成功を収めましたが、やがてすべてを手放し、日本で新しい生活を始める決断をしたのです。
オーストラリアから京都への飛躍

サイモンさんと慶子さんは家族に会うために毎年日本に戻っていたため、サイモンさんにとって日本はすでに馴染み深い場所でした。 日本への移住を決めた頃には、日本の文化と日常生活について学び始めてからすでに30年近くが経っていました。慶子さんのご両親が高齢になるにつれ、二人はご両親の近くで暮らすことを考えるようになり、日本への移住を決めました。
インターネットで花脊にある家を見つけた二人は、 実際にその物件を見に行きました。その後すぐに、オーストラリアでの所有物をすべて売却し、荷造りをして、オーストラリア生まれの愛犬とともに日本へ渡りました。
「凍えるような真冬のオーストラリアを出発し、35度を超える猛暑の7月に日本に到着しました。」とサイモンさんは振り返ります。国をまたぐ引っ越しというストレスに加えて、愛犬を日本へ連れてくるための厳しい検疫手続きにも対応しなければなりませんでした。
大阪にある慶子さんの実家は、引っ越しの手続きをする間の滞在先となりました。最終的に、彼らが花脊に移住したのは、京都という場所にこだわったわけではありませんでした。家族の近くで、川と山に囲まれ、新しい生活を築くのに十分なスペースがある場所を見つけることが目的でした。それが、偶然京都の花脊だったのです。
伝統的な日本家屋の修復

ホスピタリティ業界の経験を活かし、二人は新しい敷地内の「離れ」をゲストハウスと一組限定のレストランとして改装することにしました。それを実現するため、慶子さんは地元の市役所と密に連携し、複雑で厳しい営業許可の手続きを乗り越えました。
古民家の改装中には、忘れられない出会いもいくつかありました。 特に、忘れられないのが地元に住む70代の大工との出会いです。彼は近代的な電動工具を使わず、木材をすべて手作業で加工し、 組み立てました。改修に使われた木材の一部は、敷地内で見つけた木を使用したものさえあります。

敷地内で見つけた木材を活かしてよみがえった浴室の写真。
彼の伝統的な技術に感動する一方で、 その几帳面な作業ペースは工期にも影響しました。 11月には最初の宿泊予約が入っているにもかかわらず、8月の段階でも工事は遅れ気味だったため、彼らは急遽二人目の大工を雇い、なんとか風呂場の改修を予定通りに終わらせました。
地元の職人たちとの仕事は、次のような出来事もありました。サイモンさんは、古いドアを新しい場所に移して再利用するように地元の大工に頼んだ時のことを振り返ります。
「そんなことはできない。」と大工に言われました。
「できますよ。ただそこにはめ込むだけですから。」とサイモンさんは大工を説得しました。
最終的に大工はそのドアを見事にぴったりと収めてくれました。「後になって、新しいドアを買わせたかっただけだと気づきました。でも私たちの予算には限りがありましたから。」とサイモンさんは笑います。そんなやり取りも含めて、職人たちと一緒に働くことは「地域の暮らし方に溶け込むための、素晴らしい入門編になりました。」と振り返ります。
自然のリズムに合わせて生きる

花脊で暮らすことは、移り変わる四季の変化に寄り添うことでもあります。最初の冬、二人は大自然の洗礼を受けました。サイモンさんはこう回想します。「突然、5メートルもの積雪がありました。そんな準備はできていませんでした。」伝統的な日本家屋は「夏向けに設計」されており、暑い時期に涼しく過ごすために造られているため、凍てつくような山の冬を生き抜くには大きな薪ストーブが必要だとすぐに悟りました。
それでも、花脊ならではの楽しみもあります。真夏には、サイモンさんは敷地の目の前を流れるきれいな川で鳥のさえずりに耳を傾けながら泳ぐことを楽しんでいます。
また、季節の移り変わりは、日々の食事メニューや活動のインスピレーションにもなっています。そのひとつが、 彼らが運営する季節ごとの米作りプログラムです。今年で9年目を迎えるこのプログラムは、都会の人々がこの山里を訪れ、田植えから稲刈りまでを直接肌で体験しています。慶子さんはまた、花脊森林協議会の代表として都会の人々を山に招き、ゆっくりと森の中を歩きながら、「ただ自然を感じる」という森林浴イベントも主催しています。
料理人であるサイモンさんにとって、この土地の景観はキッチンでのインスピレーションの源です。狩猟シーズンには、地元の鹿ハンターが新鮮な鹿肉を届けてくれ、近所の人々も「しば漬け」や採れたての「山菜」といった地域の特産品をよくお裾分けしてくれるそうです。
地域コミュニティへの融合

人間関係が密な田舎のコミュニティに移り住むということは、必然的に適応期間が必要で、最初は、新入りとしてしばしば「虫眼鏡で見られているかのように」注目された時期があったとサイモンさんは言います。 近所の人たちは、決められた曜日に正しくゴミを出すといった地域のルールや慣習をきちんと守っているかどうかを、静かに見守っているのです。
それでも、サイモンさんと慶子さんは、焦らず、謙虚に、そして敬意をもってコミュニティに接することで、時が経つにつれ、その壁を温かい絆へと変えていきました。「できるだけ早く溶け込み、正しい行いをすることが不可欠だと思います。」とサイモンさんは言います。二人は地元の消防団に参加し、お祭りなどの地域行事にも積極的に参加し、コロナ禍の時期には、お弁当の配達サービスも始めました。これは、思いがけず近所の人たちと親しくなるきっかけとなりました。
「私たちは招かれて来たわけではありません。この地域が好きで、自分たちの意思で移住したのです。」 地域の文化を尊重し、自分たちにできることを少しずつ積み重ねることで、今では花脊を心から「わが家」と呼べるようになりました。
田舎暮らしを夢見る人々へのアドバイス

もし、いつか京都の静かな自然の中で暮らしたいと夢見ているなら、何よりも「柔軟性」が大切だと二人は言います。 慶子さんは「たくさん妥協する覚悟も必要です。」と話し、サイモンさんは「まず観察し、自分たちのやり方だけが正しいと決めつけないこと」とアドバイスします。 地域の古いしきたりや慣習を理解するには時間がかかるかもしれませんが、「物事がそのように行われるのには彼らにとってそれなりの理由があります。」と彼は言います。うまく定住するということは、そのコミュニティを変えようとするのではなく、むしろそこから学ぶことを意味します。
その姿勢は、仕事においても重要です。サイモンさんは、京都でのキャリア像についても、あまり固定観念を持ちすぎないことが重要だと言います。代わりに、「多様な役割を引き受ける柔軟性を持ってほしい」とアドバイスします。また、人間関係を円滑に築き、地域社会で求められることを理解するためには、日本語を学ぶことが非常に重要であり、高いコミュニケーション能力が欠かせないとも強調しています。
また、田舎暮らしを考える際、見落としがちなのが老後の現実です。花脊のような地域へ引っ越す若い人々は、都市部の利便性から遠ざかることが将来どのような意味を持つかまでは考慮していないかもしれません。近くに病院やATMがなく、公共交通機関へのアクセスも不便な環境では、高齢になってから生活が難しくなることもあります。それでも、自分の価値観に合った生活を選択し、自分に本当に合う選択を重ねていけば、その先には他には代えがたい幸福が待っています。
京都であなたらしい暮らしを見つける

サイモンさんと慶子さんの旅路が示しているように、京都の穏やかな山里に自分の居場所を見つけることは、人生を計り知れないほど豊かにしてくれます。 もし二人の物語に心を動かされ、京都での新しい暮らしを考えてみたいと思われたなら、一人で乗り越える必要はありません。京都市国際交流協会では、京都で暮らすための様々なサポートや情報提供を行っています。一歩を踏み出すための最初の手がかりとして、ぜひお気軽にお問い合わせください。