京都で紡ぐ人生:エニ スリ ブディレスタリさんインタビュー

インタビュイー: エニ スリ ブディレスタリさん
TIPS&インタビュー
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京都で暮らす人の声

30年近く京都に暮らすエニ スリ ブディレスタリさん。考古学者で、インドネシア・ジョグジャカルタ出身の彼女は、もともと文化遺産の修復を学ぶために京都にやってきたのですが、京都固有の自然と伝統の共存、そしてコミュニティでの人々の深い関係性にすっかり魅了されました。エニさんの物語は、ジャワの伝統と京都の暮らしを丁寧に繋いできた一例です。日本の古都での生活に興味のある方は、ぜひ彼女の貴重な経験を覗いてみてください。

Index

考古学から学問の世界へ:京都への歩み

1993年、文化遺産修復技術を学ぶためにJICA研修生として来日したエニさん。考古学者としての専門性を発揮しつつ、京都という街に魅了され、この街で学びの道を深める事を選びました。

エニさん「京都に来たとき、『ああ、これが京都なんだ!』と思いました。文化的な雰囲気に満ちていて、仕事も遊びも両立できる場所だと感じました。」東京の近代的なイメージとは対照的な、京都の奥深い文化と豊かな自然に驚いたそうです。

「不思議なことに、私にとっては京都とジョグジャカルタは重なることも多いのです。」

文化的な土台が共通していることによって、エニさんはスムーズに京都での生活に移行できました。

文化の流れを見極める:共通点と驚き

日本の「建前」の文化と、ジャワの価値観との類似性に驚きつつ、エニさんは自分なりの方法で、新たな文化に適応していきました。というのも、エニさんにとって、日本の文化は慣れなくてはいけないようなネガティブな特徴ではなく、他者への配慮を重んじるジャワの教えと通じるものだったからです。異文化との出会いによって、この価値観を共感できるものとしてリアルに、体験しました。

「ジャワ人も似ています。年配の方々は、決して悲しみを見せません。悲しいときでさえ、微笑むのです。」

「でも、もちろん違いはあります。インドネシアではいつでも誰でも歓迎する精神がありますが、日本では親しい家族でさえ、訪問前には必ず事前に連絡が要りますよね。」

言葉の力:ゼロから流暢な日本語へ

エニさんが来日した当初、彼女の日本語能力はゼロで、英語とポケット辞書だけが頼りでした。しかし、JICAでの3週間の集中研修プログラムで大きく変わりました。

「3週間後には、もう日常会話ができるようになっていました。」と、テストやプレゼンテーションだらけの日々を思い出し語ってくれました。

日本語をまったく話せず来日したエニさんでしたが、努力を重ね、独学で修士論文を日本語で書き上げるまでに至りました。日本語の習得を通じて、人との深いつながりも築くこともできました。

現在でこそ、日本でもローマ字表記や英語のメニューが増えてきましたが、地元の人々と深い関係を築くためには、少しでも日本語を話すことが不可欠だとエニさんは強調します。「その繋がりがあってこそ、特別な思い出を作ることができます。」

京都での日常生活:魅力と挑戦

エニさんは高台寺の鐘の音で目覚め、自然とともに暮らす日々を送っています。一方で、観光都市・京都ならではの混雑や生活の不便さも感じています。彼女の目に映る、京都のリアルな日常を覗いてみましょう。

来日当初から自然が好きで、 山や川など、自然の中をよく夫婦で散歩をしています。

インドアな趣味として、写真、映画、読書、音楽なども好きなエニさん。特にコブクロやback numberといった日本のアーティストも好きで、自分の理解を深めるために歌詞を翻訳することもあるそうです。

京都の食の楽しみとコミュニティとの繋がり

イスラム教徒のエニさんは食材の制限がありながらも、京料理を楽しみつつ、インドネシアの食を求めて工夫を重ねています。特に豆腐(京都の名産品)、野菜、天ぷら、刺身、そして茶碗蒸しが好きなんだそうです。

オンラインショップを使ったり、地域にあるモスクでスパイスも販売されているのですが、やはりインドネシアの食材を手に入れるのは難しいこともあります。それでも、滋賀県の畑インドネシアの野菜を作っている友人たちのコミュニティを見つけました。

エニさんは京都に来てすぐの頃、京都大学や国際交流ホールでインドネシア人留学生や他の外国人の居住者と出会いました。また、地元の町内会にも積極的に関わり、お祭りやイベントに参加することで、人間関係を築いていきました。

エニさん「でも、実は一番温かく迎えてくれたのは、息子が生まれた後、児童館で出会った母親のグループでした。彼女らは、新しい文化の中で子育てをするという困難を乗り越える上で、かけがえのない支えとなってくれました。」

子育てと仕事:適応とアドバイス

異文化の中での子育てと仕事の両立、日本人の父を持つ息子の育児、職場での言語の壁といった数多くの困難を乗り越えるため、エニさんは自分なりの道を選びました。息子を完全に日本語と日本文化に触れさせて育てることを決意したのです。その選択に、今もまったく後悔はないそうです。

京都での就職を考えている方へ、エニさんからはこうアドバイスします。

「とても重要なことは、特にコミュニケーション能力や日本のビジネス習慣への理解などの自分のスキルが、仕事の要件に合っているかどうかを確認することです。私は考古学の現場で働いていた時には、日本語で報告書を作成するスキルが十分ではなかったので、思うように力を発揮できませんでした。」

京都のまちに「恋をした」と語るエニさんは、京都でずっと暮らそうと心に決めています。エニさんは、京都が今後も外国人を含む多様な人々の視点が加わることで、さらに豊かになっていくと信じています。

京都の精神性:これから来る人へのアドバイス

京都の本質は、訪れるだけでは見えてきません。エニさんは京都に暮らすなかで、祇園祭や五山の送り火など伝統の奥にある精神性を探ってきました。

「京都は、文化が日々の暮らしに織り込まれている場所です。祇園祭のようなお祭りは、まちの魂を肌で感じることができる素晴らしい機会なので、ぜひ参加してほしいと私はいつも勧めています。そして、五山の送り火やお盆のような伝統行事の裏にある本当の意味合いを感じ取る時間を持ってください。」

エニさん「それは単にその場所に行くということではなく、その背後にある深い意味を理解することです。」こうした伝統行事には先祖への敬意や強い家族の絆といった思いが込められていて、こうした人間的な側面こそが、宗教の違いを超えて、京都を真に特別な場所にしているとエニさんは信じています。

エニさんの京都で過ごしてきた時間は、新しい環境に適応し、強くあり続け、深い繋がりを築いてきた力強さの結晶です。彼女の経験から、異なる文化の中で真に生きるためには、日常の暮らしに積極的に関わり、その奥深さを理解し、コミュニティに積極的に参加しなければならないということを学ぶことができます。このような奥深さとコミュニティ意識が織り成す魅力があるからこそ、エニさんのような人々は京都を選ぶのです。

 

 

 

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