京都で紡ぐ人生:エニ スリ ブディレスタリさんインタビュー
30年近く京都に暮らすエニ スリ ブディレスタリさん。考古学者で、インドネシア・ジョグジャカルタ出身の彼女は、もともと文化遺産の修復を学ぶために京都にやってきたのですが、京都固有の自然と伝統の共存、そしてコミュニティでの人々の深い関係性にすっかり魅了されました。エニさんの物語は、ジャワの伝統と京都の暮らしを丁寧に繋いできた一例です。日本の古都での生活に興味のある方は、ぜひ彼女の貴重な経験を覗いてみてください。<br />
ポール・スピードさんとベン・ファルクさんは、それぞれイギリスとアメリカの出身で、京都で愛されるクラフトビールメーカーの一つ、京都醸造株式会社の創業者です。彼らはかつて、JETプログラム(※)を通して国際交流コーディネーター(CIR)と外国語指導助手(ALT)として日本でのキャリアをスタートしましたが、クラフトビールへの情熱と起業家精神によって新たな道へと進みました。これは、国境を越えた友情、京都の職人文化への深い敬意、そしてずば抜けたビール造りの技術が織りなす物語です。彼らがどのように日本の古都・京都でビジネスを立ち上げ、コミュニティを育み、京都を居場所としてきたのか。その歩みを紐解いていきます。
※JETプログラムとは、語学指導等を行う外国青年招致事業(The Japan Exchange and Teaching Programme)の略で、外国青年を招致して地方自治体等で任用し、外国語教育の充実と地域の国際交流の推進を図る事業。2025年7月の時点で、JETプログラムの参加者は約6000名です。

左からベンさん、ポールさん、クリスさん
京都醸造の物語は、ポールさん、ベンさん、そして共同設立者であるクリスさんが日本に渡るきっかけとなったJETプログラムから始まります。3人はJETプログラムを通じて親交を深めたのち、 ポールさんとベンさんは東京でキャリアを築く一方、クリスさんは京都で暮らし始めました。醸造所のアイデアは、自家醸造を趣味とし、それを本業にしたいと考えていたクリスさんから生まれました。ポールさん「当時僕は東京でMBAを取得中で、ちょうど会社の立ち上げ方を学んでいるところでした。クリスは誰かの下で働くよりも、自身のイメージを形にしたいという気持ちを強く持っていたので、『それだったら、一緒に会社を始めよう』という話になったんです。」
※日本では、酒税法によりアルコール度数1%以上の飲料の自家醸造は禁止されており、醸造には免許が必要です。
彼らが京都という場所を選んだのは、偶然ではありませんでした。ベンさんが京都と出会ったのは22年前、大学時代のことでした。「実は、初めて日本に来て訪れたまちが京都で、交換留学生として数週間滞在しました。」とベンさん。一方、ポールさんも「日本に来て間もない2003年にワーキングホリデープログラムを活用し東京でウェイターとして働いていた時、満員電車や「大勢の中の一人」であるという感覚に疲れ、ふと旅行で訪れた京都の歴史と落ち着いた雰囲気に魅了された」と語り、「ビジネスを始める場所としても、暮らす場所としても、京都は非常に魅力的でした。」と振り返ります。

新しいまちでの暮らしには、不安がつきものです。さらにベンさんは、排他的な土地柄があることから「京都でのビジネスは難しい」とよく耳にしていたそうです。確かに外国人である自分たちにも協力的な不動産業者を見つけるように、実務的な面では京都は東京よりも時間がかかりました。しかし、京都のコミュニティでの実際の経験は、予想をはるかに上回るポジティブなものでした。

現在京都醸造がある場所に決めた際、周囲の方々と積極的に交流するよう心がけました。ベンさんは当時を振り返って「近所の方々は『なぜ京都なんですか?』と私たちに尋ねる時に、真剣な表情になりました。京都の人々は、このまちが軽々しく扱われることに対して敏感ですが、誠意を持って向き合う姿勢があれば、想像以上に温かく受け入れてくれます。実際に、多くの地元の方々がすぐに私たちのことを理解してくれ、受け入れる姿勢を見せてくれたことに驚きました。」と語ります。

彼らのビジネスの中心には、京都の地に深く根付いた職人技への深い敬意とこだわりがあります。ベンさん「クラフトビールは、多くの点で京都と相性が良いと考えています。伝統的な職人たちの仕事は非常によく考え抜かれ、一つ一つの作業に明確な意図が込められていますよね。私たちはまだ小さな規模ですが、クラフトビール造りもそこは同じです。」どちらにも「膨大な量の反復作業」と「工程を正しく進めるための高い集中力」が求められることが共通点だと言います。
この考え方は、造られるビールにしっかりと反映されています。彼らはまた、京都の食文化におけるビールの地位を高めることも、使命の一つとしています。「いいレストランに行った際、高価なワインや日本酒が揃っていても、ビールは大手メーカーの一種類しか置いていないことがあります。私たちは、そんな状況を変えたいのです。」とベンさんは語ります。

彼らのビジネスに対する丁寧なアプローチは、ブランディングや、創業当初から一貫して地域社会に焦点を当てるという姿勢にも現れています。彼らは、自分たちの醸造所は外国人が経営する特殊な事業としてではなく、他の地元企業と同じように見られるように心がけてきました。商品の名前がその好例です。「多くのクラフトビールの会社は、ビールに英語の名前をつけますが、消費者からは名前の意味をちゃんと理解されていないことが多いです。」とポールさん。「私たちは最初から、日本の人々に分かってもらえる商品を作りたいと考えていました。」こうした受け取り手への分かりやすさと地域との繋がりへのこだわりが、京都醸造のアイデンティティの核となり、成功を収める大きな要因となったのです。

彼らの地域を大切にする姿勢は、商品だけに留まりません。醸造過程で生じる主な副産物である使用済みの麦芽粕は、家畜の飼料や肥料として農家に提供しています。新型コロナウイルスのパンデミック時には、京都市動物園が飼育する動物たちの餌の供給難になっていると聞き、使わなくなった未使用の麦芽や麦芽粕を寄付しました。

ポールさんとベンさんにとって、京都での子育ては、地域社会とのつながりを深めるきっかけとなってくれる嬉しい経験でした。「子供たちの方が、自分たちよりもずっと上手に壁を取り払っています。」とポールさんは笑います。「見た目は全く日本人らしくありませんが、関西弁で話すし、振る舞いもとても日本的です。だから、他の子供たちの親御さんから見ても、とても親しみやすいんです。」と語ります。
京都に住む大きな魅力のひとつは、山や自然がすぐそばにあることです。ポールさんは、「東京では、山に行くのに90分ほどかかりましたが、京都では、山がすぐ近くにあります。」と話します。京都一周トレイルのルート近くに住むベンさんは、日常的にハイキングを楽しんでいるそうで、ポールさんは、どこへでも自転車で行けるのがありがたいとのこと。「子どもたちにとってはそれが当たり前のようですけどね。」とポールさんは笑います。

京都に住むことを考えている人に対して、二人は共通して言語の重要性を強調します。「日本語が話せないと大変です。」とポールさん。「外国人コミュニティの中だけで過ごすなら、日本語を学ぶ必要はありませんが、本当にこの土地の生活を体験したいなら、やっぱり日本語は学ばなければなりません。」
ポールさんとベンさんが共に強調するのは、言葉を学ばないことは自分自身にとってもったいないということです。ただ彼らに言わせると、京都は幸いにも日本語を学びやすい環境にあります。ポールさん「大学もたくさんありますし、私の家の1キロ圏内に3つも日本語学校があります。東京や大阪と比べても、こんなに近くにこれだけの数の学校があるなんて、信じられないです。」
日本での仕事を探している人にも、教員や観光業以外で安定した職に就くためにも、日本語の習得が非常に重要だと言います。「ある程度の職種の選択肢を持つには、日本語を話せないといけません。たとえ観光ガイドとして働く場合でも、企業との関係構築や調整が求められるため、言葉が通じなければ難しいでしょう。」とベンさん。「本格的に就職活動を始める前に、集中的な日本語コースを受ける人も多いのですが、それは良いスタートだと思いますよ。」

二人からの最後のアドバイスは、このまちを本当に楽しむためには、表面的な部分だけでなく、その奥深さにも目を向けるべきだということです。「私が京都に住んでいて素晴らしいと感じるのは、観光名所以外の場所です。」とポールさん。「東京はいわばコンクリートジャングルですが、京都はもっとハイブリッドなまちです。古いものと新しいものとが、非常にうまく混ざり合っているんですよ。」
ベンさん「もし他の都市にあったら、それだけで有名な観光スポットになったであろう場所が、京都にはたくさんあります。でも、京都には有名な場所が数多くあるため、そういった場所は見過ごされがちです。京都では、路地裏にひっそりと佇む、静かで小さなお寺や庭園も十分見応えがあります。ここに住んでいると、毎年、少なくとも4、5か所はこれまで知らなかった新しい場所に出会えるんです。最高だと思います。」
この好奇心をかきたてるまちの奥深さこそが、京都での生活を特別なものにしています。彼らの物語は、情熱と根気があれば、日本の古都で充実した人生を築けることを証明しています。
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